昔から人前で話をするのが好きだった。だけど、それが恐怖以外のなにものでもなくなった。
嫁さんが居なくなって、急に周りが気になるようになった。住んでいる地区は比較的裕福な家庭が多い住宅街で、お父さんは名の知れた会社務め、お母さんは専業主婦、子どもたちは毎日習い事に忙しいのが当たり前。母子家庭も少なく、父子家庭は皆無。そんな中で若くにして母親が亡くなり、小学生の子ども二人を父親一人で育てていかなければいけなくなったのは“事件”だったし、かなりザワザワした。たくさんの方に励ましの言葉を掛けていただいたが、その時はそれが負担でしかなかった。そして、言われた訳でもないのに、何かを言われているようで、妄想で頭がいっぱいになった。
「乳癌は早期発見すれば治る癌なのに、検査に行ってなかったのか?」
「小さい子どもたちを残して亡くなった奥さんは浮かばれない」
「幼くしてお母さんを亡くして、子どもたちがかわいそう」
「お父さん一人で家事や育児はできてるのか?」
「旦那さんの実家に帰ったほうがいいのでは?」
「早く再婚したほうがいい」
もう誰も信じられなくなり、人間不信になった。特に不特定多数の人の前で話をする時に、その人たちが自分のことを色々と言っている声(妄想)が脳裏をぐるぐるして、話ができなくなった。
100名を超える人の前で話をする会社の朝礼は、本当に恐怖だった。部長という立場上避けて通ることが出来ず、話す内容を一言一句書き出して、前日に何十回も声を出してシミュレーションをして当日に臨むも、本番は体や足が震え、喉が締め付けられて声が出なくなった。以前はカンペなして10分のプレゼンもできたのに、カンペがあっても2〜3分が限界になった。
本当に辛かった。でも、少しづつその状況が改善され、前回の朝礼でやっと普通に発表ができた。ただ普通に話をすることができただけで、プラスアルファはないので60点くらいの出来だったけど、恐怖から解放され、この数年間のトラウマが終わった。
そう思うし、そう思いたい。